家作り、時々、子育て

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私が英語を話せる理由⑤留学から帰国、そして就職。

帰国してから就職まではあっと言う間だった気がする。私は第一志望の外資系の仕事にことごとく玉砕し、英語とは全く関係のないアパレル業に就職が決まった。

かけ離れすぎ!と思った方、すいません…。私には専門職につける程の語学力もなければ根性もなかったのです。欲を言えば翻訳とか通訳とかやってみたかったけど、そこまで意志が強くない私は早々に諦めました。

 

兎にも角にも、この就職をきっかけに再度私は英語から離れるコトになった。

とは言っても英語に興味が無くなったわけではなく、秘かな野望を燃やしていた。新たな野望、それは‘お金を貯めてワーキングホリデーに行く!!!‘こと。やっぱりもう一度海外へ行きたい。今度は留学ではなく現地で生活したい。働いて、遊んで、旅行して、外国の友達をいっぱい作りたい!そして何より英語がもっと話せるようになりたい!!そんな思いを胸に毎日必死に洋服を売りましたよ。その結果、池袋東武→有楽町阪急→浦和伊勢丹と店舗を移動にながら、最終的には副店長になったのでした。

 

洋服の販売員をやっていた2年半は、とっても精神的に辛い時期だった。毎日ノルマに終われ、厳しい上下関係に女だらけの職場は、今思うとよくやってたな~と本当に思う。今ではもう絶対に出来ない。若いからこそ出来る仕事だね、あれは。だってよく見ると、洋服の販売員て若い人しかいないもんね。毎日5㎝以上のヒールを履いて、10時間近く立ちっぱなし。そのお陰で足は臭くなるは足の裏にタコみたいのできて固くなるわ。

それでも副店長にもなると、役職手当もついて残業しまくりだったのでお金はどんどん貯まった。ボーナスもがっつり出てたし、何せ実家から通勤してたから貯金はあっという間に目標額に達した。今思うとこの時期が1番お金持ちの時期だったな~。その分金遣いも荒かったけどね。

 

何はともあれこうして2年半で200万貯金という目標を達した私は、喜びと期待を胸にこのアパレル業界に永遠の別れを告げた。

この時23歳。

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