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家作り、時々、子育て

初めての家作りや初めての子育て。誰も教えてくれないけど大切なこと。人と比べず情報に翻弄されず。経験をシェアすることで誰かの役に立つかもしれない。

私が英語を話せる理由③高校から大学にかけて

英語の成績だけ断トツ良かった私だけど、その他の理科や社会は平均点をギリギリ取れるくらいの成績だったこともあり、私は隣町のごく普通の高校へ進学する事になった。進学校でもなく英語専攻がある訳でもなく、偏差値も良くも悪くもない何の変哲もない高校だった。

 

私は中学の厳しい部活の反動から、高校の3年間はほぼ遊んで過ごした。遅刻は常習で授業をサボったり、学校を抜け出して遊びに行ったりもした。テスト前に勉強した事は一度もなく、点数は赤点ギリギリか赤点を取って補習になった。

大好きだった英語も興味が薄れ、バイトや遊びに夢中になった。高校一年・二年は何も考えずに遊びほうけたつけが三年の時にやって来る。皆が進路について真剣に悩み始める頃、私は相変わらず進路に興味はなくやりたい事もなかった。これといってなりたい職業もなかったし、大学にどうしても進学したいと思うほど勉強が好きではなかった。

仲の良い友達がそれぞれ進路を決めていく。一人は美容師の専門学校へ。一人は医療事務の専門学校へ。一人は4年生大学へ。一人は就職を決めた。残るは私一人となった。3学期にもなると、ほとんどの生徒が自分の進路を決めそれぞれの道へ進もうとしていた。そんな中、私は最後の最後まで自分がどうしたいか決められなかった。それまで何をやりたいか、どんな仕事に就きたいか真面目に考えたことがなかった。

 

私の両親は呆れ果てていたが、辛抱強く私の決断を待ってくれた。遊んで過ごした3年間の成績は当然悪かったし、何か特別したい訳でもない。そんな私に残された道は”英語を勉強すること”以外何もなかった様に思う。

頭の中から興味のある事を捻り出した結果は、唯一”留学”だった。留学を決めた私は、それからでも入れる短期大学を探した。短大在学中に長期留学できて単位も取れる学校を探し、母親と一緒に見学に行ったのを今でもよく覚えている。フラフラしていた私に愛想を尽かす事もなく、私がやりたいようにやらせてくれた母を思うと、今は本当に感謝の気持ちしかない。

 

そして私が決めたのは、交換留学制度のある英語英文科。遊び呆けていた私の成績で入れる大学は数少なかった中、運よく見つけた学校でもある。

短大に入学してからは、長い間忘れていた英語を学ぶ楽しさを思い出し、再び英語の魅力に惹かれていくことになる。